2017年1月17日 (火)

筑波山散策(2017.1.15)

この土日、強力寒波襲来で大雪となった地域もありましたが、関東の平野部では風が冷たかったものの青空が拡がりました。あまりの好天に誘われ15日に妻と筑波山へ行ってきました。
 
家を9時に出て着いたのが10時半、まずは参拝のため筑波山神社へ向かうともう梅が咲き出しています。
 
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千葉で梅が咲き出すのは例年2月ですが、温暖化の影響なのか早いのに驚きます。
 
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蝋梅はもう満開、というよりもう盛りを過ぎた感じでした。
 
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まだまだ正月気分が残っているようで、けっこう賑わっていました。
以前来たときはここから山頂まで歩きましたが、今日は山歩きというよりは初詣気分なのでケーブルカーで山頂直下まで行きます。そこから男体山と女体山という二つの山頂を目指します。
 
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男体山の山頂には、男体山神社がありまた参拝します。
この後に行った女体山の山頂には女体山神社があり、ここでも当然の参拝です。妻が御朱印を集めていますが、今日一日で3神社もらいました。
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女体山の山頂は突き出た岩場で眺望が良く、この日は霞ケ浦をはじめスカイツリーや東京湾、そして雪をかぶった那須連山を見ることができました。
下りはロープウェーを使い、降り立ったつつじヶ丘から1時間ほど歩き戻りました。
 
山歩きの時間はおそらく正味2時間ほどですが、新年の初歩きを楽しんできました。
 
 

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2016年3月 4日 (金)

真壁のひなまつり(2016.02.28)

新聞の千葉版で外房勝浦のビッグひなまつりが取り上げられていました。
まだ見たことがないので行ってみようか、それともどこか面白そうなところはないかと調べていると、真壁のひなまつりを発見。
真壁と言われてもどこだかわからなかったのですが、筑波山のとなりで時間的に勝浦より近いことがわかり出かけてきました。

ゆっくり起きて急いで支度して10時に出発、2時間ほどで到着です。

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↑すぐに休憩所があり、案内板を見るとここは真壁駅があったところでした。廃線となりその線路跡がサイクリングロードになっています。

真壁は江戸時代に石工で栄えた地で、歴史を感じさせる建物が連なっています。街中の商店では、各家にあるひな飾りを店頭に飾っています。女子が誕生すると、お嫁さんの実家からひな飾りが贈られたのでしょうか、どの家も数種類のひな飾りがありました。

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↑たとえば肉屋さんの場合、普段肉があるところにひな飾りが並んでいます。
肉は見えなかったですが、コロッケやメンチに人だかりができています。つい連れて並びアツアツのメンチを食べました。

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↑その肉屋さんの店内です。

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↑これは造り酒屋さん。

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↑こちらは、確か「燃料店」と看板があったお店。だいたいこのようにいつの時代の物かまたは何年か、書かれています。

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↑狭い団地住まいだったので、私の妹の物はこんな感じでした。昭和33年、近いなぁ。

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↑あれ、家の中にいる!と驚いたら、こんなのに入っていたと妻。昭和35年、やっぱり近いなぁ。

その時代の流行があるようです。

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↑こりゃあまた、派手というか豪華というか、見たら平成でした。

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↑ひな飾りだけでなく、店頭の装飾も行き届いています。古くからの立派な店構えや蔵などがたくさんありますが、食べるのに忙しく撮影していません。メンチから始まり塩サケを巻いた餅、あられ、草餅などだいたい手がふさがっていました。

↓面白かったのが、これ。

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↑バイクでぶっ飛ばします。

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↑今日はめでたい、生ビールで乾杯。

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↑カラオケで歌っている横で、ダンスしています。
オヤジ連中にバカ受けしていました。

なんだかんだと3時間ほどウロウロし、最後に茨城名物というけんちんそばを食べて帰ってきました。

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2016年1月20日 (水)

水仙咲く南房総へ(2016.01.10)

一週間以上前のことですが、水仙が見頃と聞き妻と南房総へ行ってきました。朝のんびりとしていたので家を出たのが10時過ぎでしたが、房総半島の真ん中にある長南町にある「笠森観音」と南房総の道の駅「富楽里とみやま」とその近くの勝山海岸をまわってきました。圏央道と館山道のおかげでスムーズに行くことができ、南房総が一段と近く感じました。

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↑東金から圏央道に乗り長南町へ行き笠森観音へ。初詣の行列が続いています。
ところで、外の柱が長くずいぶんと高い建物と思ったら、

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↑大きな岩の上に柱を組み建てられています。日本でただひとつ「四方懸造」と言うそうです。

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↑この日はポカポカ陽気でコートなど必要なし。近くでは蝋梅が満開になっていました。
このあと南房総市の道の駅「富楽里とみやま」へ行き食事をし近くの水仙ロードへ。

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↑3時近くになり陽が傾いてきています。


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↑まさしく水仙ロード。水仙の香りの中を歩きます。

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↑黄色も少しだけ咲いていました。

最後に海から富士山が見えるかもしれないと、勝山海岸へ。くっきりと海に浮かんでいる富士山を発見、印旛沼越しの富士山とは大きさがまるで違い、ちょっと感激です。

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↑波の音を聞きながら。

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↑一日の漁を終えた漁船でしょうか。

木更津で多少渋滞したものの圏央道を使いスムーズに帰ることができました。
ところで、圏央道が全線開通すればは東関道から関越につながるので尾瀬に行くのが便利になります。待ち遠しいものです。



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2015年9月20日 (日)

研修後に名古屋に寄り道(2015.9.19~20)

9/17(木)~9/18(金)は、年に一度の業界の研修が神戸で開催されました。いよいよマイナンバーも秒読みということで、実りの多い研修でした。

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↑ホテルからの神戸の街並み

神戸観光もしたかったのですが、研修終了後すぐに名古屋へ向かいました。名古屋ドームでの広島中日戦を観戦するためです。男気黒田を精一杯応援したのですが、残念ながら負けてしまいました。

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↑名古屋ドーム3塁側の5階席からの眺めです。

翌日は、名古屋城の近辺を見物してきました。昨年、大阪万博公園で開催されたこうせつの野外コンサート「サマーピクニック」の翌日に大阪城を見物して以来の城巡りです。

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↑ 名古屋城の近くにある愛知県庁

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↑同じく名古屋市役所  

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↑金のシャチホコが光る名古屋城

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↑石垣が立派です

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城の近辺ではヒガンバナが咲き誇っていました。

私は別に城マニアではありませんが、重機などない時代にこれだけの石垣や城を作ったことに感動してしまいます。


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2015年4月21日 (火)

春の吉野と高野山を巡る③(完)

こうせつさんのコンサート会場に行くと、入り口に向かってたくさんの人の行列が延びています。列に並び会場に入り、知り合いの方たちを見つけて再会のご挨拶を交わします。皆さんホント遠くから来ていて感心します。まぁ、私どもも同じですが・・・。

さてコンサートですが、弘法大師が開いた高野山ですのでお寺の息子のこうせつさんのこと、力が入らないわけがありません。高野山のお坊さんに舞台に上がってもらって一緒にお経を読んでくれました。「門前の小僧、習わぬ経を読む。」なんてことわざがありますが、門前どころか門中のこうせつさん、舎利礼文(しゃりらいもん)というお経をご存じで何も見ずに(おそらく)よみあげていました。
その他、ご実家の曹洞宗の御詠歌「まごころに生きる」や今TVCMで流れている「微笑みに出会うために」や定番のかぐや姫当時のヒット曲などたっぷりと聞くことができました。

終了後は、すぐに宿坊の高室院へ行き夕食です。精進料理はどんなものか、部屋は、風呂は、朝のお勤めは、など興味津々の宿坊泊まりです。

この日、このお寺には50人ほどの宿泊者がいるそうですが、そのうち9名がコンサート参加者でこの9名の夕食はコンサート終了後に用意してくれました。その夕食です。↓

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これに白いご飯がつきます。あと事前に頼んだビールをいただきました。関東からの参加者が5名、九州からが4名、九州の方は初対面でしたがこうせつ話で盛り上がり楽しい夜となりました。風呂に入り就寝しましたが、部屋、風呂、食事等は、尾瀬の山小屋と大差ない程度です。ただし、廊下など節穴だらけで、すきま風がヒューヒュー吹き抜けとても寒かったです。

翌朝は、早朝のお寺の雰囲気を感じたかったので、5時に外へ出ました。

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↑今回泊まった宿坊の高室院。夜明け前の一枚。まず金剛峯寺へ向かいます。

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↑金剛峯寺への階段。

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↑主殿。日の出前、誰ひとりいません。ただの暗い写真ですが、薄く霧がただよい、早朝の凛とした空気が流れています。

このあと壇上伽藍へ。

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↑金堂。

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↑根本大塔。朝日を受け、輝き出しました。

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↑壇上伽藍には、建物が多く見どころ豊富です。宿坊で6時に始まる朝のお勤めが気になりますが、だれもいない厳粛な世界にいると心が洗われるようでこの場を離れられません。結局30分ほど遅れて参加しました。

夕食をアップしたので朝食も。↓

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食事の部屋。↓

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↑左側に関東5人、右側に九州4人が座りました。腰が痛くなりました。

朝食後11時ごろまで同宿した関東の方たちと、金剛峯寺と壇上伽藍の特別ご開帳を見学しました。

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↑再びの金剛峯寺。

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↑壇上伽藍の根本大塔。どこから来るのか、たくさんの人。

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↑馬酔木(あしび)

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↑白梅

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↑紅梅

標高900メートル、紀伊山地に囲まれた高野山では、梅が満開で桜は蕾で、桜を楽しむことはできなかったのですが、コンサートと聖地高野山の神聖さに触れることができ、満足して帰ってきました。

次のこうせつさんは、日比谷野外音楽堂でのこうせつグリーンパラダイスの予定です。

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2015年4月17日 (金)

春の吉野と高野山を巡る②

さて二日目ですが、その前にちょっとうれしいお話を。

一日目の吉野でのことですが、おみやげに買った葛菓子や金峯山寺のお札や土鈴を入れた袋をどこかに忘れてきてしまいました。気が付いたのは、旅館に着いてから。次の日も朝から行動するのできっぱりと諦め、忘れることにしました。
そうしたところ今日吉野警察署から落し物ではと連絡があり、送ってもらえることとなりました。もううれしいやら驚くやら、大感動です。親切な吉野の人たちに心からお礼を申し上げます。これも金峯山寺の蔵王権現のご利益でしょうか。それとも私どもがこうせつ教の熱心な信者だからでしょうか。いずれにしてもとてもありがたいことです。

では旅の二日目ですが、旅館で朝食をいただきすぐに高野山に向かいます。コンサートは夕方ですが、はじめての土地なのでとりあえず早く着かないと落ち着きません。近鉄、JR、南海、ケーブルカーを乗り継ぎ高野山駅へ、最後にバスで聖地高野山に昼ごろ到着しました。
この高野山に弘法大師(空海上人)が真言密教の道場を開創したのは、弘仁7年(816年)です。今年は開創1200年にあたり、さまざまな法会が執り行われます。南こうせつコンサートもおそらくその催事のひとつのようです。

この日宿泊する宿坊に荷物を預けコンサートまで散策に出ます。パンフレットによれば高野山の見どころは、金剛峰寺、壇上伽藍、奥之院のようです。まずこの日は一番遠くにある奥之院へ行ってみました。

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バスで奥之院まで移動し、そこから約2キロほどある参道を歩きます。道の両側には杉の大木とお墓が所狭しと並んでいます。

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この日雨は降らなかったですが、完全な曇り空。山の中なので非常に寒くダウンを着ました。

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しっとりとした緑が心を落ち着かせてくれます。

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武田信玄、上杉謙信、織田信長など武将の墓などが点在します。

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そして一番奥にある奥之院弘法大師御廟には、いまも弘法大師がいらっしゃると言われています。残念ながらそこは撮影禁止です。

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↑桜はまだつぼみでした。ゆっくりと半日近く歩き、バスでコンサート会場へ向かいました。

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2015年4月14日 (火)

春の吉野と高野山を巡る①

4月11日(土)に高野山で南こうせつのコンサートが開催されると知り、旅行を兼ね妻と出かけてきました。せっかく行くのだからと、10日に吉野に泊まり11日にコンサートに参加し宿坊に泊まり12日に帰ってきました。

10日(金)、成田空港からLCCで関西空港へそこから電車を乗り継ぎ吉野駅に2時半に到着。すぐにバスで吉野山の中腹あたり、中千本へ向かいました。一目千本と言われる吉野の桜ですが、山の下から下千本、中千本、上千本、奥千本と呼ばれています。上千本、奥千本へ行く時間はありませんのでここから歩いて下っていきます。

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↑あいにくの雨ですが、山の空気はさらっとしてすがすがしい気持ちに包まれます。目の前の斜面に咲き誇る山桜のしっとりとした色合いに目を奪われます。

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↑山桜の宴、今までに見たことのない桜風景に感激しました。でもどうしても上手く撮影できません。

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↑実際はもっともっときれいなのですが・・・。

途中、金峯山寺(きんぷせんじ)蔵王堂の特別ご開帳で蔵王権現を見学し、その迫力に圧倒されました。参道で葛菓子を買ったりしながら山道を下り、近くの旅館に泊まりました。2時間ほどでしたが、古くから和歌に詠われた吉野の山の桜を見ることができ感激しました。はじめての吉野でいにしえの先人たちの想いを少し感じることができた気がします。

できればもう一日じっくりと歩き、撮影したかったなぁ。

翌日の高野山に続きます。

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2015年3月18日 (水)

ゴールドラッシュが起きた街小樽

明治以降に大発展したという北の街、小樽。

北海道と内地を結ぶ港として、たくさんの船が行き来したという。ニシン、石炭、小豆などの特産物を内地に送り、米や味噌などを内地から受ける。日露戦争に勝利し南樺太を領土としてからは樺太との交易の地となりますます栄え、ゴールドラッシュのようになっていたようだという。

今では、ニシンも石炭も獲れなくなり、物流も海上だけでなく陸路や空路の時代となりかつての賑わいはなくなりましたが、運河周辺の倉庫や建物に昔の繁栄が感じられ観光客が訪れています。

なんて話をテレビで見たのは、小樽から帰ってきてから。北斗星に乗れればあとはどうでもいい感じでしたが、事前にこの番組を見ていたらもっとあちこち熱心に見学したのになぁ。と後悔しつつ冴えない写真をアップしてみます。

まずは、2月14日(土)の夕方です。

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↑JR小樽駅からまっすぐ進むと、小樽運河に出会います。この運河いっぱいに貨物船が係留し荷物を積んだり下ろしたりしたそうです。

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↑この運河ですがもともとはこの倍の幅があったそうです。貨物船が減ったため左側を埋め立て道路にしたそうです。当初は全部埋め立てる計画だったのですが、地元で反対運動が起こり半分残したそうです。


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↑レンガ造りの建物があちこちで目に付きます。

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↑旧日本銀行小樽支店。モノが集まればカネも集まるで、銀行の小樽支店だったという建物がいくつもありました。

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↑泊まったところは、天狗山という山の中腹あたり。翌朝少し高台に登ったら街が一望できました。空と海が見えるのがわかるでしょうか。
この日は一駅隣りの南小樽駅まで電車で行き、小樽駅まで歩いて戻りました。


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↑かつての歴史的価値のある建造物をそのまま利用した観光施設が多いです。そのような建物には必ず、「昔ここは〇〇屋という米問屋でした」とかの看板が立っています。今思えば一緒に撮影しておけば良かったのですが、・・・極力写らないように撮ってました。バカだなぁ。
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↑これは倉庫をそのまま活用しています。

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↑ガラス製品や海産物などの店が並んでいます。日本人より海外の方のほうが多い気がします。

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↑左手前にあるのが、建物の案内板。見える範囲で書き出してみます。
    建物概要
旧北海雑穀株式会社  建築年 明治40年 構造 木骨石造2階建
 北海雑穀株式会社は資本金20万円を以って明治40年7月10日設立して諸雑穀委託販売を商いとしてはじめました。(以下略します)

こういった建物の所有者で多いのは、米問屋、海鮮問屋、酒の卸売業者などの地元業者。それから商社や金融機関の支店などだった気がします。

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↑↑歩道はどこも凍結していてツルツルです。尾瀬歩きで使うかもと買った雪道用のチェーンを靴に付けていました。

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↑最後に小樽駅からバスで20分のところにあるニシン御殿へ行きました。この近くの網元の接待用の別荘だった建物ですが、あまりに大きいため写し切れません。大きいだけでなく室内の調度品やら美術品が立派なのに驚きました。網元がいかにすごかったか想像できます。ただ残念ながら室内は撮影禁止でした。

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↑そのバス停近くの海。かつてはニシンがたくさん獲れたというのにひっそりしていました。

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↑こちらも寂しそうでした。

↓最後にご当地ソングをご紹介。

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↑この唄は歌えましたが、

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↑これは歌えなかったです。

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2015年3月10日 (火)

南房総鋸南町の頼朝桜(3/5)

約830年前石橋山の戦いに敗れた源頼朝が、当地へ上陸し再起を図り後の鎌倉幕府を開いたことにちなみ、鋸南町では河津桜を頼朝桜と名付け14,000本植栽しています。

一度この頼朝桜を鑑賞しようと、天気の良さそうな5日(木)に休みを取り出かけてきました。まずは佐久間ダムへ。

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↑もう終わっていると思っていたスイセンが満開、春の香りで一杯でした。

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↑ここの桜は満開一歩手前。

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↑遊歩道を登るにつれ開花が進んでいます。

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↑日当たりの良い南斜面では満開。スイセンは終わっています。

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↑山の北側、渓流の小径を散策。

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↑椿

この後、スイセンの名所おくずれ(大崩)に寄ってみました。

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↑静かな山間の地に桜と菜の花。

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どちらも満開でした。

海の近くで昼を食べ、保田川へ。

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↑映り込みが撮りたくて川の浅瀬へ入りました。

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↑千葉はやっぱり菜の花。

この日の締めは、映画の舞台になった岬カフェ。断崖絶壁の明鐘岬にあります。原作を読んでいたので、吉永小百合さんが主演と知り見に行こうと思っていたのですが、見逃してしまいました。

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↑平日ですが大賑わ合いでした。

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↑店の前からの眺め。この日は雲が多く夕焼けとはならなかったですが、焼けたらすごいでしょうね。

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↑店内から。海を見ながらのコーヒー、格別でした。


ところで・・・

先日、NHKで北海道の小樽の番組を見ました。北海道の中心都市といえば札幌、小樽はただの地方都市と思っていましたが大きな勘違い。先月小樽に行く前にこの番組を見ていたらなぁと、ひとり残念がっています。
昼間撮った写真、もう一度見直し近々アップいたします。

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2015年2月23日 (月)

小樽 雪明りの路

北斗星乗車が決まり、はじめは単純に札幌に宿泊と思ったのですが、ホテルの予約が取れずやむなく小樽で予約しました。その後調べるとその日は雪明りのイベントの期間中だそうで、ちょっと楽しみにしていました。

札幌から電車で小樽に向かい、着いたのは午後3時過ぎ。まずポスターやパンフレットで情報を集めます。イベント開始は5時からで、場所は小樽運河周辺でぐるっと回って1時間程度のようなので、会場を下見し早めの夕食を取り5時を迎えました。

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↑夕闇せまる小樽運河。運河沿いの遊歩道やちょっとしたスペースに雪明りが作られます。

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↑ハートの形なのですが・・・。その先は運河です。

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↑運河沿いの倉庫群。

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↑たくさんの人が歓声を上げ写真を撮っていたので近付くと、これ。なるほど、ロマンチックです!

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札幌の雪まつりが終わっていたこともあり、小樽でこのイベントを見ることができとても良かったです。雪の降らない千葉では、絶対に見られませんから。

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